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2012年6月17日日曜日

FaceBookで学ぶ

教え子の学生たちとFBでつながることが多くなった。先日、カフェで働いている卒業生と上司とのやり取りで「あったまくるぅ」と、激怒文章を書いていた。

内容は、「店長から新製品を考えてくれ。作ったのはいいけど、一向に出す気配がない。いつから出すんですか?今は、ちょっと忙しいから、見送ろうか。あったまくる。だったら、考えてくれなんて言うなよ」

よくある話。この卒業生は、店長を見て仕事をしている。見なければいけないのは、お客様。そしてお客さまに提供する新製品。その提案した新製品が使えないだけの話。

店長のあいまいな態度はよくない、多分、「これ使えないな」などと言って「辞めますわ」って切れられたら、たちまち明日からの営業に響く。ここは、穏便に=うやむやに、収めたいところだと思う。しかし、こうした態度も、お客様や店の利益を考えていない。結果は、何もプラスを生むことはない。問題の先送り、その場しのぎ、スタッフの思いを汲み取っていない。自分のことで精一杯なのかと思う。

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普通によくあること、いっぱいいっぱいは誰もが似たようなもの。経験してきたから、その痛みまで感じる。仕事の目的「だれかに喜んでもらう、誰かの役に立つ」と、言う視点で、見直すと、自分の努力不足が見えてくる。認めてもらえないと上司に文句言ってるから、いつクビになってもいい扱いを受けるんだろう。努力が足らないと、愚直に自らを高める努力に、今は集中する時だと思う。誰もが、当たる壁だ。そして、今、自分にも言い聞かす。

2012年5月29日火曜日

藤原正彦先生の講演を聞く

藤原正彦先生の話を聞く機会があった。脳を動かす言語は、母国語=日本語だ。国語が大事だと言う話。日本は資源のない国だから、脳みそで世界を圧倒しなければいけないのに、国語教育をおろそかにして、その力を落とし危機的状況に向かっている。

美的感受性の優れている日本人は、虫の音を、音楽と感じる。世界に例を見ない感性だと。そうなんや・・・素直に、驚く。
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環境問題でも、人間は自然の一部だと思って、自然にひざまずく心を持っている日本人。同じような気持ちで、ふるさとを懐かしむ心、郷土を思う心、そこに暮らす家族を思う心。惻隠と先生は話していた。弱者へ共感する心、涙、思いやりそして感謝。こうした心を育てていくことが、戦争の抑止力になるという。

アメリカは、自由と平等な社会の実現を目指し、いまだにそれを実現できていない。改革と言って、この10年政治は、努力しているが、状況はちっともよくならない。改革には、それ以上のすさまじい力がいるのだと思う。改善と言う考え方で、今あるものを活かしながらっちょっとずつ良くしていくのが良い。共感を覚える。会社も改革と言ったら、誰もいなくなる。日々の改善が大切だと思う。改めて、多くを学ばさせていただいた。藤原先生に感謝です。

社内技術検定始る

今年の新人山本佳那子の、技術検定を行った。辻技術研究所を出てきただけのことはあって、練習も含めて、比重にずれがなかった。安定している。なんだか、たくましいやつだ。
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5月から7月までの3ヶ月間に集中して、技術検定を行う。パスしなければ、厨房に入れない。要するに、お菓子作りをさせない。シンプルなルールだ。その人がかわいそうとかそんなレベルの話ではない、プロとして当然の努力を求めるだけだ。パスしなければ、努力が足らないだけのことだ。

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コンテストに出場するというのが、最も効率よく技術力、精神力、体力を向上させ能力を引き出すといわれている。否定はしない。しかし、すべての人に使える社員教育の方法論ではないと思っている。

だから、パレットでは、最低基準を設けて、段階的にクリア^していく課題設定、本人もわかる社員教育が大切と言う考えにいたった。結果、3年以上の社員はすべて国家試験である菓子技能士検定に合格している。成長を先輩後輩が一緒に楽しむ、お菓子の技術を習得するのは、つらく、苦しいことではない。学ぶこと=身につく=成長を感じるのは、楽しいこと、それを教えたい。

2012年5月6日日曜日

晟吉くんが来た。

クリスマスに大きなおなかを抱えて、ぎりぎりまで働いてくれたスタッフが、1月に生まれた晟吉〔せいきち〕くんを連れて「初JRです」と、遊びに来た。
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晟吉くんは、目が合うと笑う。その笑顔をみながら、癒されるのと、今、自分たちの世代が、次の人たちのために責任を果たすときだと思う。

原発全否定では話が前に進まないし、誰かを批判していても、何も変わらない。ましてや、政治の駆け引きでの原発撤廃発言には、いい加減にしてよといいたくなる。なくても良いものなら、ないほうが良いに決まっている。0か100で物事考えても、答えは導けないと思う。

晟吉くんたちが、大きくなったときに「ありがとう」と、言ってもらえる日本になるためには、今何を大切にして、何を優先すべきか?そんなに難しいことではないような気がする。一人ひとりが、当たり前のことをちゃんとすれば良いのだ。

パレットフィロソフィーができた。

法人化して25年の節目に、フィロソフィーをまとめた。全スタッフが、日々の仕事で直面する様々な場面での、判断軸としての「正しい考え方」です。

「こんなに混沌とした世の中で、何を持って、何が正しいと、いえるのだ」と、突っ込まれそうだが、簡単です。誰かが喜ぶこと、幸せになることを、優先する。仕事って、誰かの役に立つこと。働くって、一緒に働く周りの人を楽にすること。とてもシンプルなこと。

労働時間8時間・・・労働していない人が言うと何か違う。お客様を不快にさせ、店の信用を落とし、一緒に働く仲間に迷惑をかける。それは労働していないと思う。仕事をしていない、働いていないと思う。

ネガティブな話をすると、わかりやすいが気分がよくない。それより、前向きで、楽しくなる話で、「わかる」ほうがいい。そんな思いを持ってまとめた「パレットフィロソフィー」社員と一緒に、自らの意識に浸透させ、体の一部になるまで吸収していきたいと思う。
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そうした思いの始まりは、22年前に出合った一冊の本「心を高める、経営を伸ばす」尊敬する稲盛和夫塾長の本です。出会えてよかった。パレットフィロソフィーの原稿をまとめながら、感謝の一念でした。
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2012年1月22日日曜日

バレンタインケーキ教室

大津ガスサービスセンターでの、バレンタインケーキ教室メニューの試作打ち合わせ

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チョコレート・ハート型というキーワードに、誰にでも作りやすい、美味しい・・・などなど、お菓子教室の条件は厳しい。誰にでも簡単に、ってあるわけないやん・・とは、言えない。普段お菓子を作らない人は、何に戸惑い、何に不安を持つのか?その辺を、解消すると、お菓子作りに集中できるはずだ。

要するに、教えてもらったことを、再現する確率を高めること。それを具体的に、伝える。具体的は、数値化(時間、回数、温度などなど)教室のときは、わかった気になるもの、実際わかっていると思う。しかし、誰でもがそうであるように、時間の経過で、記憶は薄れる。だから、再現するときに、数字が必要なのです。数字は考えなくていいからです。

数字への置き換え=数値化には、多少の幅(許容の幅)も必要だ。相手は、自然のものだから、生きているものだからです。だから、その時々の湿度や温度などの季節性も関係する。
この点が、多くの人が「もの」としてとらえ、お菓子作りのときに、目の前におこる物の変性に対応できないのかと思う。「もの」は、変化しないという自分勝手な思い込みがあるからだと思う。

お菓子作りは、素材への思いやり、食べる人への思いやりで、つながっていく。素材が変性しつながっていくから、お菓子は多様な味わいを持つ。だから、楽しいんだと思う。2/14の教室も、楽しんでいただきたいと思うし、私自身も楽しみたい。

2012年1月7日土曜日

食べログやらせで思う

食べログに、好意的な文章を書きますという営業は、一年ほど前から何件か来ていた。ひどいなと思っていた。今回の報道で、表面化したが、問題の本質は業者だけの話ではないと思う。

伊集院静さんが、「大人の流儀」の本の中で、知人友人につれていただいた店、自分から、ふっと入ったお店にしか行かない。気に入ればまた行く。どこの誰かわからない人に勧められた店に、行くことはない。、と、言うようなことが書かれてありました。とても素敵だと思った。自分で食べて、判断している。

食べログのシステムが悪い、そんなやらせの業者が悪いって言うのは表面的な話で、ありえるし、今後も続くと思う。食で大切なのは、リアルな世界で、自分の五感で感じ、判断できること。バーチャルな世界の情報に判断をゆだねるのではなく、情報を判断するのは、自分だということであれば、その書き込みがでたらめでも、いいんじゃないかと思う。むしろ、半分でたらめ程度に思っていてちょうどなのではないかと思う。

美味しさはいろいろだし、見た目がイヤといって食べない人は、山盛りいる。でも、そういう人を見ていて、こんなに美味しいものを食べないって言うのは、ある意味、「人生の幸せなひと時」を自ら放棄しているんじゃないかと思ったりもする。

美味しいものを食べたいという欲はあるが、美味しく食べるのは、健康な体も含め、先入観に支配されない自分の努力だと思う。ちなみに、私は、口に入れてから考えるタイプなので、びっくりするくらいひどいものを食べたことは数知れず。それでも自分の五感で食を感じたいと思う。